慈悲喜捨
『慈』:みんなで生きている(「生きとし生きるもの」の中での自分)との思い 『悲』:他人の苦しみを我事の苦・悲しみに感じるこころ 『喜』:他人の喜びを我事の喜びに感じるこころ 『捨』:慈悲喜の区別も感じないで現実を素直に見、素直に対応できること
これがテーラワーダ仏教教会のスマナサーラ長老の説かれる「慈悲喜捨」の意味なのでしょうか。最後の『捨』は難しい!! まさに悟らなければこの心境にはならないでしょう。「言行 法をこえず」と言いますが、法(仏様の教え)のままに生きることは凡人の「夢のまた夢」の域。 せめてその思いだけでも持ち続けたい―と煩悩の塊=楽農夫は思っています。
「生かされている」とか「愛」とかを軽々しく口にすることは慎みたい・・・・・ スマナサーラ長老の書『ブッダが教えた本当のやさしさ』を読んでの思いです。
合掌
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